2005年03月31日

森薫「エマ」

久しぶりに巨大な鉱脈にぶち当たった。
「エマ」(エンターブレインビーム)。
実は前から店頭でちらちら見ては気になっていた。
表紙はメガネをかけたメイドさん。背景にはセピア色のヴィクトリア朝の街なみ。
うーん。エンターブレイン……エロか? メイドだからな(すごい偏見)。エロだったらどうしよう……それはそれで楽しめるだろうけど(そりゃもう)、自分がイギリス好きなだけにディテールがちゃんとしてないとイヤだしなぁ……たとえエロであろうとも。
しかも作者の名前は森薫。知らないし、名前からだけだと男性とも女性ともとれる。絵柄からもどちらともとれる。
微妙だ……。
と、何となく手をつけずにいた。
が、アマゾンで何故かここのページにあたり、「アニメ化」とあるではないか。
ならエロではなかろう。
1件だけあったコメントの感触も悪くないし、ちょっとチャレンジしてみるか。
ということで、既刊4巻まで全部注文してみた。
即到着(なんかやたら早かった)。
さっそく読む。
読むまえから頭にあったのは、「エマ」というタイトルだけに、ジェーン・オースティンのようなラブロマンスか? メイドとその主人一家との愉快な毎日プラス恋愛ってとこ?
ところがどっこい。
おもしろい!!
普通のラブロマンスじゃないよこれ!
いや、冷静に考えれば、まあまあよくある話のようでもあるんだけど……なんかむちゃくちゃにツボなのは何故?
細部がすんごいリアルだからか? これで作者イギリスに行ったことないってマジか? 本気で前世はイギリス人なんじゃないの?
イギリス好きにはたまらないよ!
なんというか、坂田靖子の「バジル氏の優雅な生活」を、もっととっつきやすく、さらに切なくしたような感じがする。

とき、ところは19世紀末ロンドン。主人公エマは、ケリー・ストウナー夫人(未亡人)に仕える唯一のメイド。メガネをかけていて一見地味だけど、実はなかなかの美人で、しょっちゅうラブレターをもらったりしている。でも本人は浮ついたところがなく、無口でおとなしい。
ある日、ストウナー夫人のところに、かつて夫人が家庭教師として仕込んだ教え子がふらりとやって来る。名前はウィリアム・ジョーンズ。上流階級のおぼっちゃま(でも貴族ではなく商人)。さっそく恋に落ち、エマの心をつかもうと不器用ながらもあの手この手でアプローチをしかける。普段は動じないはずのエマも彼の純情さには惹かれるものがあったのか、いい感触。
さて2人の恋の行方やいかに。

というのが、だいたいのストーリー。よかったエロじゃない。
で、細部の緻密さなのだけど、それがもうすごい丁寧。
単に時代考証がちゃんと合っているとか、そういういわば表面のことだけではなく、物語としてもきちんと筋が通るようにできている。
たとえばエマがメガネをかけているのも、ちゃんと理由があったりする。しかもそこに1つの忘れがたいエピソードがしっかりと組み込まれていて、どこかぎこちない表情のエマの心のありようが、かえって身近に感じられてくる。
ぎこちないといえば、絵もわりと線がかたい印象が最初はある(ちなみに作者は女性)。それがだんだんなじんでくるから不思議だ……。
そうそう、もちろんキャラもすごい魅力的。
ウィリアムなんて、最初は名前といい容貌といい、かなり手を抜いてると思われたのに、途中から何かすごい複雑な性格に……胃、壊れませんか。
その妹弟たちも楽しい。わけても父親はナイス。まさにこの時代の爵位のない上流階級のおじさんそのもの。
さらに楽しいのはウィリアムの友人のハキム。なんであんたら友達なのよというほどタイプ違うのに並ぶとばっちりマブダチ……しかもハキムだけありえないようなことばっかりしてるのに違和感がないって、どういうことだ。
本編だけでかなりおなかいっぱいになるのに、なんとおまけマンガまで信じられないくらいおもしろいよ! たった3ページなのに何この濃さは!?
これはもうあれですな……ページをめくる手が止められないってやつですな、久々に。

4巻まで読んで、すごいいいところで終わったので、次はいつ出るんだー!! と思ったら……
新刊発売日、今日だ。
さっそく注文したともさ。
ついでに公式ガイドブックまで……だってこの時代の資料てんこもりだっていうから……50ページも描きおろしあるっていうから……(ぼそぼそ)。

ところで、メイド服、いいねぇ。
エマのメイド服も途中でモデルチェンジするんだけど、初期のシンプルな方が私は好き。
初期は黒地のドレス(えりは白)に白いエプロンで、本当に地味。でも清潔感があって、いいな。
頭にかぶるキャップが直立型ではなく平べったいヤツで、後ろに長いレースが2本たれてるのが何とも。
こんな服装なら私も楽しく家事できそう……いや、動きづらいか、やっぱ。

ちょっと調べてみたら作者さんは長いこと同人活動をしてきたそうな。
どうりで萌えどころがわかるはずだよ……ふっ……。

新刊はウィリアムのパパとママの若かりし頃らしい。
あの父親に何かトラウマが? 気になる。
早く届かないかな。

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2005年03月30日

榛野なな恵「Papa told me」

「ときめく心を忘れたくない…そんなあなたに勇気を贈る大ヒットシリーズ」
「全ての人に愛と勇気をくれる大ヒットシリーズ」
「痛みを抱えた人々に勇気をプレゼント」
近刊の裏表紙にあるアオリ文句。
そう、「Papa told me」(ヤングユー)ときたら、「愛情」「勇気」「優しさ」……などといった言葉がぱぱっと浮かぶ。
というか、浮かんだ時期もあった。
出会った当初は読むたびにいやされたものだ。
はまったのは大学時代の頃だが、貧乏にもめげず一気に集めて何度も読みふけったものだ。

それがどうしたことか、ある時点から、急にムカついてしょうがなくなった。

……と言いつつ、まだ読んでいるのだが。

主人公の知世(ちせ)と、その父親(職業:作家)とをとりまくハートフルストーリー(……)。
知世ちゃんは、細かい年齢は不詳だが、小学校高学年。
地下鉄で私立の学校(エスカレーター式)に通う。
母親は幼い時に病気で泣くなり、父親が男手ひとつで育ててきた。
だから知世ちゃんはお父さんが大好き。
バレンタインはお父さんにしかあげないし、クリスマスもお父さんと一緒。
父の日は気合いを入れまくり、父親以上の男はいないと確信するたいしたファザコン。
もちろんお父さんにとっても知世ちゃんはかけがえのない娘。
クリスマスと誕生日は必死にプレゼントをリサーチし、3月になればお雛様を飾り、娘の友人を招待してごちそうをふるまう。
作家という職業柄、家にいることが多いうえ、やもめなので、家事万能。
しかも美形で性格がいいという設定。

……。
ありえないから!

まあ、そんな2人が出会い、関わる人々との、心の交流を描いているのだが、とにかく結論は1つ。
いつでも知世ちゃんとお父さんは「正しい」。
そしてその一方では、いつでも「正しくない」人が存在する。
もうこれでもかというほど、どう逆立ちしたって正しくはなれないよう描写されている。
その描きっぷりといったら露骨なまで。
それだけ知世ちゃんとお父さんの「正しさ」がクローズアップされるわけだが、私が途中からイヤになってしまったのは、この点にあるのだろうな。
なーんか、ね。
「正しい」のはもちろん悪いことじゃない。
でも主人公2人をはじめ、善玉側に全然「迷い」がなさそうなのが鼻につく。
それに「正しい」「正しくない」と割り切れることばかりじゃないのに、中間でぼやけた部分がないのが、ちょっとつまらない。
世の中のほとんどはこの「中間」から成っていると思うんだけど、それがないんだよなぁ。
ストーリーのすべてがそういうものばかりではないけど、でも主題はそこ。
私も最初はそれで、アオリ通り「勇気をもらった」つもりでいたのかも。
でも何だかんだと社会にもまれるようになって、
「正しいだけがすべてじゃない!」
と反発を感じるようになった。

某ゲームで、
「正しくても無価値なことがあるように、正しくなくても価値があるってことも、あるんじゃないか?」
というようなセリフがあったけど、これこの作者に贈りたいわ!

……でもこのマンガの中では「正しくない人」たちがもうどうにもならないくらいの悪玉の姿をしてるんで、具体的にはつっこみようがないんだよね……。
はぁ……。おもしろいんだけどね……なんか腹立つ。

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2005年03月29日

高階良子「黒とかげ」(原作:江戸川乱歩)

なつかしい……実になつかしすぎるマンガ。
子どものころ、秋田のいなかに行くと、年上のいとこが読むマンガがたくさんおいてあって、その中でも恐怖ものが多かった。血か?
とにかく私はそのマンガたちから曽祢まさこを知り、山岸涼子に出会い、高階良子にふれたといいうわけ。

いま私の手もとにあるのは文庫版(講談社漫画文庫)で、やはり江戸川乱歩原作の「血とばらの悪魔」も収録されている。こっちは初めて読んだ。
「黒(くろ)とかげ」はとにかくもう少女推理冒険マンガの傑作。
暗黒街の女王ダークエンジェル、貴婦人緑川夫人、しかしその正体は……美術愛好家であり稀代の犯罪者「黒とかげ」。
しかもその美術の嗜好は絵画や宝石だけでなく、生きた人間にまで向けられるあたり、タダモノではない。
そんな彼女と敵対するのは、あの明智小五郎(あけちこごろう)。
しかしマンガの中では明智といい黒とかげといい、妙なところで詰めが甘いのが気になる。
少女マンガ用に描きなおした末のゆがみだろうか。
明らかにやばいだろというところでしくじるから読んでいてハラハラする。
それでもストーリーはなお魅力的。
まず黒とかげにの指示により「自分を殺した」殺人者雨宮潤一(あまみやじゅんいち)が、その手下として仕えているうちに、恐れつつも、黒とかげを愛してしまうというオチがいい。
これに比べると黒とかげが明智に惚れることなんかたいしたことでもない気がする。
でもやはり、明智の腕の中で息をひきとる黒とかげの場面は、もう20年以上、私の脳から消え去ることはない。今回読み返して、改めてしげしげと見つめてしまったほどだ。

同時収録作品の「血とばらの悪魔」も同じようなパターン。
正体を隠して犯罪計画を進行させる一方で、恐れを抱き憎しみすら感じながらも、愛することによって犯罪の遂行についに失敗してしまう主人公の末路がせつない。
あまりにもせつなすぎて、被害者一同、言葉も出ないくらいだ。

もちろん現実には犯罪など起きてほしくないものだが、せめて作品の中では、一抹の美しさをまとっていてほしい。
最近のミステリー小説などで惜しいなと思うのは謎ときの部分が多すぎて、人間的に魅力のあるキャラクターやシチュエーションが軽視されがちなこと。
人間に魅力がないと、ストーリーもどうしてもさらりとした味になってしまうので、余韻が残らない。
アンビバレンツな要素にどうしても惹かれてしまうので、私はスティーヴン・キングが好きなのだろうと思う。

at 19:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マンガ