2010年11月21日

クオリア

とある本を読んでいて、たまたまクオリア議論に行き着いた。
クオリア、それは劇場版00の主題歌(の、1つ。エンディングか?)。
クオリアって何だろう、不思議な響きだな、と思いつつ、きっとあの花の名前に違いないとほぼ断定していた。だって学名っぽいじゃないか。そういう花、ありそうじゃないか。

という誤解を解きほぐしながらその本を読み進め(クオリアが主題の本ではないので、私がそこから得た知識もかなり曖昧だが)、クオリアの何たるかについて考え始めた。
UVERworldの歌詞を読んだ(聞き取れないまま放置していてすみません)。
更に本をちょっと読み返した。
映画を思い出した。
そしてまた考えた。

まだ記事に出来るほどまとまっていないので、ここではキーワードだけ書き留めておくことにする。備忘録としても。

 

・外部世界、脳、心
・クオリアの重きは脳と心
・脳と心のブレ
・主観と客観
・真に主観的である
・脳内のイメージのトレース、その結果としての再現のイメージ
・意識、無意識との関係(瞬間的な物か否か)

・オートポイエティックシステム
・自律的存在である人間
・循環
・→閉ざされた心→「閉ざされた世界」(もう1つの主題歌。対になる?)

・心の場所は身体
・心臓にも脳にもない、目に見えない心を、君といる時は確かに感じる(「クオリア」)
・心臓、脳=身体、君=外部世界

・恐らく共有の代言
・共有と脳量子波
・クオリアの共有?(←イノベイター?←イオリアの計画?)

・花/マリナ(一期)の花、フェルト(二期)の花

・50年間=異なる時間の認識
・違うつくりの身体

・「すれ違ってばかりいたから」
・クオリアとは脳と心のすれ違いと言えないか?

・「あなたが正しかった」
・「あなたも間違っていなかった」

・クオリアを共有しない理解(相互理解、肯定、受容)


以前はアレルヤとハレルヤの二重人格の構造について延々と考え込んでいたが(そういえばこの本では多重人格にも触れている)、そのままクオリアにスライドさせて掘り下げて行く方がいいのかな。
でも劇場版でクオリアに苦しめられていたのは、やはり刹那だと言えるか?デカルトもか?
どんどん考えて行くとティエリアは心身が分離した状況だから、クオリアという感覚を失っているんだろうなあ……その彼がイノベイドで、ええと……。

DVDが出るまでにまとまればいいかな、ぐらいの希望的観測。紙にでも書いて整理していかないとまさに循環するだけで、どうにも出力しようがない。
 

drecom_neverworld at 17:18│Comments(0)TrackBack(0)ガンダム00 | マンガ関連

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