2010年11月28日

いくえみ綾「いとしのニーナ」4巻

久しぶりにマンガの感想をば。
というかマンガの感想は溜まりにたまってて、どれから手をつけたらいいやら。
いくえみさん続きなら次は「潔く柔く」か、それとも最近読んだ作品から「本屋の森のあかり」とか「リミット」(すえのぶさんですよ)の辺なのか。はたまた12月発行に先駆けて「テレプシ」にすべきなのか。チョイスに迷う。
本当は「ハガレンお疲れ!」って言ってみたいけど10巻までしか読んでないしなぁ。

まあ、とりあえず、完結した「いとしのニーナ」4巻が自分の中では最新ということで、以下、感想。
どうももやもやしてまとまってないけれども、それもいつものことか。

 

「いとしのニーナ」、1巻から3巻までの感想を書いていないので、一応簡単なあらすじを。

主人公のアツシ(正論くん)のクラスメート、牛島(凶暴)がニーナ(他校生、1つ年上、かわいい、性格に難あり)を拉致。この事件にアツシ(やや道化)の友人マサが絡んでしまう。
アツシはニーナ救出に成功し、ボディガードという役割を経て付き合うことに。
しかし牛島は通りすがりの女性に手を出し、暴行未遂で逮捕、退学となる。が、父の権力と金ですぐに釈放。
アツシとニーナの穏やかな蜜月は牛島の解放と共に終わりを告げるかに見えた。拉致された恐怖をニーナがまだ忘れていないからだ。
アツシはマサとタッグを組んで牛島宅に乗り込む。そこで成敗……できるはずもなく、マジギレした牛島から逃げるだけで精一杯。
もうなす術はないのかと行き詰っていたところへ、牛島の腹違いの弟くん(小学生)が尋ねてくる。

このマンガのテーマは何かと言ったら、「罪とは」「犯罪とは」「加害者とは」「被害者とは」「償いとは」「許しとは」「ものの見方とは」「ひとの本音とは」「何が善で、悪なのか」……と書き出したらキリがない。
それでもどうしても絞るとしたら、犯罪から発展した恋愛(断っておくが別にニーナはストックホルム症候群の類ではない)と、解決を見なかった罪の本質に主軸があると言えるだろうか。

この4巻で牛島の弟くんが登場し、「兄(牛島)は複雑な家庭で孤立していて、でも自分は殴られたことがない。兄は犯罪者かもしれないが本当はいい人なのだ」という綺麗ごとを、よりにもよってニーナに向かって切々と語ってしうまう。ニーナは当然激怒して辺りの物を拾っては投げ拾っては投げ……。
更に弟くんは「兄には支えになる親友が必要なのだ」とアツシに嘆願する。アツシは1巻で牛島に半殺しの目に遭っているし、どう転がっても不可能な話というか、これが実現したらこのマンガは単なる美談で終わってしまう。

アツシは牛島の孤独を情報として知りつつも親友になるのは無理だと分かっている。そして弟くんの世迷言に聞く耳持たず怒り散らしただけのニーナも何か間違っていると感づいてしまう。

アツシは言う。
「この世の中は被害者と加害者が重複しあっている」

それはアツシの得意とする正論で、それについては反省したはずなのに、それでもどうしても、アツシは加害者と被害者の立場を行ったり来たりしている内にどうにも疲れてしまって、最終的に無難な正論に行き着いてしまうのだ。
それは牛島がニーナに恋をしていながら求めることも奪うことも本当の意味ではままならず、とりあえず拉致を実行してしまったことと、実はそう変わらない。
ただ、弟くんが言うように、牛島には叱ってくれる友人も家族もいなかったから、罪悪感や謝罪の意識を持てずに同じ反抗を繰り返してしまう。本人に言わせれば「(父が金を積んでしまったせいもあって)罪を償うことすらできず、どうやって成長したらいいのか分からない」 。一方、アツシはマサという、同じ加害者側にいる友人との関わりの中で、ぐるぐると償い方を模索し続けていた。これがニーナが笑っていられる方法をずっと考えていた、という表現になっていて、その答えが、「この世の中は被害者と加害者が重複しあって……」

ややこしい。そもそもアツシは本当に加害者と言えるのか。拉致に直接関わってはいないし、たまたま犯行現場に居合わせてしまっただけで、後はニーナに「助けてやったなんて思わないで」と釘を刺されたことからも、自分は少なくともニーナにとってみたら加害者側なのだと認識せざるを得なかっただけだ。

こうして全4巻に渡りアツシは被害者と加害者の間を右往左往して混乱してきたわけだが、最終的にどうなったか。
恐らく、どちらでもなくなった。
何故ならニーナが、被害者の意識を持たなくなったから。

ニーナは牛島を恐れているからこその被害者だったのだ。牛島の犯した犯罪行為、そこから辛くも逃れた後の不眠や不安、恐怖、そういったものでがんじがらめになっていた。そんなふうにした牛島を許せるはずがないし、当然ニーナにとって牛島は紛れもなく加害者である。
しかしどういう訳か、あの拉致と同じ場面を、今度は同意の上で再現してみること(牛島の提案)によって、ニーナはそれを克服してしまう。というか、同意した時点ですでに乗り越えているとしか考えられない。でなければ、何故牛島のこの発案を受け入れられるだろうか?
恐らくその後もニーナは牛島を許してはいない。だが、もう怖くないと断言している。正確には、恐れるべき対象ではないと。自分を束縛していた記憶は消えないだろうけれど、もう手足は自由に動くと。
性犯罪は絶対的に憎み続けるだろうし、自分の身にそうしたことが起こった過去は取り消せない。それでも、自分にはもう被害者意識はない。
そう結論づけたのは、一体いつだったのか。
「ショック療法」「共犯」「興味本位」、そのどれとも違う、とニーナが言うこの再現で、何が起きたのか。

この肝心な部分が、分かるようで分からない。
ただ、ニーナがもう被害者ではないなら、アツシも加害者の立場ではなくなる。少なくともニーナにとっては違う。
アツシがニーナを助けたタイミングは、あの拉致の晩ではなくて、その後の関わりの中でゆるやかにそうしていたのだと、何となく察しがつく。
しかしニーナが本当に救われたのいつなのかは、よく分からない。

恐らくアツシもよく分かっていない。牛島はまだ理解できなくもないが、ニーナのことはさっぱり読めないアツシだからこそ、最終的に牛島と親友は無理、と諦めきることができたのだろう。
だがニーナのことは……と、その後もアツシは悶々と延々と正論寄りの持論をモノローグで展開して行き(たまに本当に有効な正論が混ざっているのでそこがまた見逃せない)、ニーナはと言えば牛島の働くコンビニに普通に立ち寄ったりしている。

アツシはひたすら考えて考えて答えが出なくて正論に縋ってそんな自分を失格だと思いつつまた考える人。
ニーナは自由に話して動く人。

バランスは悪くない2人。
2人を出会わせた罪にまだ根本的な解決は出ていない。それとニーナの克服はまた別の話だろう。 
が、答えが出ないうちはただただアツシはニーナを守ろうとするより他にできることは思いつかず、まとまらない考えはぼろぼろとみっともない態度でこぼしていくしかなく、許してもらえたのか許せるのか(そんなふうに考えてしまう自分の傲慢さもどうなのかとか)も霧の中。
だから、あの終わり方なのだろうと思う。
夜道は危ないから、ボディガードしたい。と。
互いの思いを、語るくらいなら、許されるんじゃないか。と。 
被害者だらけ、加害者だらけ、善も悪も紙一重の世の中で、2人が共通して許される何かがあるとしたら、きっとそれがせいぜいだろうから。


ところでマサは最後の最後でどこへ消えたのか。麻美とはどうにもならないんだろうなあ。しかし「人に去られるのが辛い」 というセリフは染みた。

で、牛島弟くんのモデルはやっぱりデスノのニアなのかな?いくえみさん、L萌え(というか松山ケンイチ萌え)らしいし。

まあ、感想はまとまらないけども、このマンガはよかった。いくえみ作品の中では個人的に3本の指に入る。
高額(税込み900円)だけあって装丁もすごく凝ってたし(祖父江さん!)、4巻の初めの方はカラーイラスト満載というご奉仕っぷり。4巻なんて表紙と裏表紙を並べてみたら「同棲オチか?」とまで妄想させてくれるわその紙質がまた結構な手触りでしかもアツシの手紙の透明ちらりずむで悶えさせてくれるわで、本文を読むまでちょっと一苦労。
いくえみ男子の恥ずかしいセリフもてんこもりこの上なく、こんな男子がいたら色々な意味で隔離した方がいいです日本における最後の男子ですと痛いほどに切望しながらそういえば何だか「いとしのニーナ」というタイトルも結構はずかしくて、要するにつまり、すごくいい。
 

drecom_neverworld at 18:18│Comments(0)TrackBack(0)マンガ 

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